平成17年9月30日 社団法人 全国私立保育園連盟
保育園と幼稚園の一元化の課題として、総合施設(仮称)という「保育・教育を一体として捉えた一貫した」第3の施設が設置できるように、政府は閣議決定しました。 これを受けて、社会保障審議会 (厚生労働省)と中央教育審議会(文部科学省)が合同で審議した結果をまとめ、平成17年度には、全国36カ園がモデル事業として実施しはじめています。これらの一連のながれの中で「子どもの最善の利益」のためにと両審議会の「審議のまとめ」で述べているにもかかわらず、子どもにとって多くの課題を抱えたままになっています。 そこで、私たち保育関係者から見た子どもの視点に立った「総合施設」のあり方について、よりよい子どもの施設ができることを願い、現在進められている総合施設モデル事業について意見を表明します。
幼稚園・保育園を一体として捉えた総合施設(仮称)を設置することにした閣議から、本格実施の予定までの準備期間があまりにも短すぎます。平成15年6月の閣議決定のあと、翌年5月から社保審、中教審が合同検討会を開始し16年末に「審議のまとめ」として公表しました。そして17年度モデル実施、18年度本格実施とされています。しかし17年度のモデルの36箇所のうち1箇所の辞退や、モデル事業開始の遅れなどが目立っています。特に2歳児以下の定数の課題や質の担保の問題、保育に欠ける認定の仕組み、調理室等の基準、保育料など、就学前の子どもたちの育ちにかかる、新たな施設・機能をつくっていこうという重大な課題が、あまりにも漠然としすぎていています。さらに、乳幼児の発達課題に即した条件や環境、あるいは、現代社会において子どもの育つ環境がいかにあるべきか等、子どもの育ちと教育との関係が十分に整理できていません。幼児教育と保育・子育て支援にしっかりとした橋をかようとするには、制度設計が不十分であると思えます。少なくともあと1~2年の時間をかけて、保育・教育内容のあり方等、最終的には法案の整備などさらに綿密な検討が必要であると考え、以下の点を中心に、さらに深く議論していただき、反映されることを望みます。
「就学前の教育・保育を一体として捉えた一貫した総合施設について(審議のまとめ)」(合同検討会のまとめH16.12.24。以下「審議のまとめ」という。) に述べているように、わが国の子どもたちをめぐる育ちの問題、とくに基本的な生活習慣や態度が身についていない、運動能力の低下、他者とのかかわりが苦手、子ども同士がともに育つ体験が困難になっている等、子育てを取り巻く環境の変化と家庭や地域での子育て力の低下が指摘されています。本年1月の中央教育審議会の答申では、家庭・地域社会・幼稚園等施設の三者による総合的な幼児教育の推進をうたい、その大切さを全国民に訴えるためとして答申を出しています。
人は人生を送る出発点である乳幼児期において、基本的な生活習慣や心情、意欲、態度など人間形成の基礎となる力が育まれ、生活や遊びを通して、知的な発達、情緒の安定をはかり、社会性を身につけていきます。 「審議のまとめ」においては、「社会全体で次代を担う子どもたちの育ちを支える次世代支援の観点から、子どもの視点にたち、子どもの最善の利益を第一に考えることが重要である」としています。新しい就学前の施設をつくるのであれば、現行の保育園と幼稚園がもっている機能のよさを統合し、子どもにとって不可欠な人的、物的環境を、さらに十分保障する21世紀の幼児教育・保育施設であってほしいものです。単に地方財政の効率化や待機児童の受け皿の拡大だけに機能するものではなく、最大限優先されるべきは、現在のわが国の子どもたちのおかれている多くの課題に対して、十分応えていく保育内容(質)と機能を備えていることが国民の願いでしょう。結果として財政の効率化や、待機児童の解消に役立つことにならなくもない、というのが「子どもの最善の利益」を視点においた制度設計であると考えます。
「審議のまとめ」において取り上げられているそれぞれの項目と、これらを具体化させるために文部科学省と厚生労働の共同で発出された「総合施設モデル事業について」(平成17年3月4日)、「総合施設モデル事業の採択について」(同4月6日)の通知(以下、「モデル事業」という)などを通して、来年度の実施に至る過程で、次のような点について改善されることを強く望みます。
利用対象者については「就学前の子どもの育ちを一貫して支える観点から0歳児から就学前までの子どもとその保護者と基本とする」としています。
しかし、具体的な利用者の年齢と時間については、3~5歳児は「・幼稚園と同様に4時間程度利用」と「・保育所同様8時間程度利用」とし、さらに0~2歳児は「・親子登園、親子交流参加」と「・保育所同様8時間程度利用」としています。これらのことから、とくに「4時間程度の共通の教育・保育時間」を引き出し、これについては、「幼稚園の教育に相当するもの」と位置づけています。資格についても、幼稚園教諭免許、保育士資格のいずれの資格でも可能と「審議のまとめ」ではしつつも、「モデル事業」では「3~5歳児の4時間については幼稚園教諭免許を有する者」とし、「0~2歳児の保育は保育士資格を有する者」としています。明らかにその方向にしていくことをうらづける結果になっています。
これらの表現は、既成の幼稚園制度、保育所制度をそのままヨコ滑りにさせ、つぎはぎしたものが総合施設ということになりかねません。議論の当初、総合施設の性格が、高い理念を謳い、在宅の子ども達をも含めた保育ケースワーカーの設置などの議論もあったようですが、全くそのかげを潜め、既存の幼稚園制度を強く意識した、第2の幼稚園制度のような仕組みになってしまっています。
総合施設の意義・理念に照らしていけば、0歳児から5歳児までの一貫した育ちを捉える視点と、子どもの生活時間を細切れにするのではなく、4時間から8時間あるいはそれ以上等、子どもにとっては多くの生活時間があり、それに見合った保育計画の設定が求められる仕組み等、さらに踏み込んだ中身としなくてはなりません。このままでは、一人ひとりの子どもの最善の利益には程遠く、これまで積み残してきた幼保の多くの課題を、そのままにする結果となっています。
前項でも触れたように「一貫した総合施設」と「審議のまとめ」の表題になっているにもかかわらず、生活部分での一貫性と年齢別の一貫性がありません。子どもの保育施設における生活は4時間なり6時間、8時間、あるいはそれ以上です。とすれば4時間を中心としたコアタイムとしていることについて、現状の問題をなんら解消しないままになっています。
現行の幼稚園制度を意識するあまり4時間を「教育」という表現にした場合、このことが重点となり、その時間帯が「知的教育」であり、そのほかは「託児」という、従来のおちこみやすい陥穽をそのまま繰り返すことになります。「保育に欠ける」子どもの4時間以上の時間帯については、幼稚園におけるいわゆる「預かり保育」(託児的機能)の形態でよいとしています。
しかし、それでは、子どもの生活が4時間とそれ以外に分断されてしまいます。対象の年齢についても、3~5歳の幼児期は、それ以前の2歳児以下の生活習慣や経験との連続性が大切であることについて、多くの学識者が指摘しています。親子登園であっても、保育に欠ける状態であっても、3歳以上の子どもにとっては2歳以下の育ちの連続性が大切です。その配慮がほとんど見当たりません。自我が芽生え2歳児ごろから始まるといわれている自律への葛藤が、いかに大切かについても、とくに配慮された気配がありません。
したがって、「審議のまとめ」の「意義・理念」の項で強調しているように、「人間形成の基礎を培う」幼児教育期の一貫した観点からは、ほど遠いものとなっている、と読みとることができます。
現代の子ども達をめぐる成長期の課題に応えていくための生活時間の連続性や、成長年齢の連続性という課題について、子ども全体を捉える視点に欠けているように伺えます。これらの課題に真正面から取組み、現行の幼稚園、保育園の課題を前進させる総合施設であってほしいものです。
子どもの生活や成長の連続性など、大切な課題が軽視される傾向は、民間開放・規制改革推進会議がいう「保育所は長時間の保育サービスを中心としており、幼稚園的な教育的にーズに応えることは必ずしも容易ではない」(H17.3.25同会議3か年計画・閣議決定)というところにも現れています。子どもの姿が見えていないところで議論を進めていく結果、子どもの生活を、無自覚に切り捨てた表現になってしまっており、結局「総合施設の基準は幼保の緩い基準でいい」というように結論づけることの背景になっているのでしょう。子どもの生活と学習について、依然として狭くて誤った認識に立って、国政を進めようとしることに、おおきな危惧を抱きます。
利用形態については「直接契約が望ましいと考えられる」としており、その弊害をなくすことについては「配慮が必要な家庭が排除されないような何らかの仕組みを検討する」としています。保育・教育の事業経営にとって、財政力による優勝劣敗の市場原理が強く働く直接契約が、どうして幼児保育・教育にとって望ましいのかの説明がなく、しかも直接契約が引き起こす現象面の弊害については、具体的に排除されないどのような仕組みで担保するのか、不明となっています。
「審議のまとめ」がいうように、総合施設に限って、直接契約という仕組みを導入するのであれば、当然、配慮が必要な家庭を優先することや、貧富の差によって処遇に格差の出ないような仕組み、規模の大小によって経営に差がでないような仕組みを、国および地方自治体の公的な責任によって保障することを明記するように求めます。少なくとも日本のどの地方にいても、すべての子どもたちが、同じような水準で保育・教育が享受できるような仕組みこそ、この少子化対策が必要な時期には、より一層望まれるところです。
「審議のまとめ」においては、「経営の効率性のみを重視するのではなく」としていますが、今回の「モデル事業」の通知の職員配置では、概ね0歳児3対1、1~2歳児6対1、又は0~2歳児を通じて3~6人対1としています。しかし、幼稚園の付加的保育サービス(通知文の表現による)の費用の算定では、60人の保育に欠ける子どもを受け入れた場合、2400万円(保護者負担除く:別紙参照)という費用では、乳児の保育や長時間の子どもたちは避けてしまわざるをえない仕組みになっています。乳児は親子登園可能な子どもだけを対象にしているよううかがえます。仮に、実施するのであれば極めて低水準の職員配置(臨時職員の雇用の全面活用など)となり、この点に関しても子どもの最善の利益が無視される結果になってしまいます。
このように、幼保一元にかかわるこれまでに議論のさまざまな課題を解消しないままになっている一番大きな理由は、幼稚園を学校教育法に位置づけた昭和22年当時の意識に遡らざるをえません。「幼児教育」を「学校教育」の範疇として位置づけたいとする、これまでの経緯から脱皮できずにいるためではないかと推測できます。本来、就学前の教育は、学校「教育」の教科教育でも、小学校の予備的教育でももちろんありません。「幼稚園教育要領」が、もともとは「保育要領」と呼称していたように、「保育」ということばと領域は、「学校教育」と一線を画した幼児年代の「固有の教育」であります。これを一般の学校教育と混同しないために、「保育」と呼称した歴史的な経緯があります。「学校教育」に拘泥することなく、本当に子どもにとって最善の利益を求めた一元化した就学前の保育・教育施設(機能)をつくろうとするのであれば、現状の子どもの課題から新たな仕組みと論理を組み立てるべきでしょう。
保育・子育てに対するわが国の財政措置は、先進諸外国に比べて極めて低水準であることは周知のことになっています。これを抜本的に大幅に拡大することが、とくに少子化を歯止めするためにも必要です。欧州各国ではGDPに占める子ども家族給付費はフランスが2.8%、イギリス2.2%、ドイツが1.9%(人口は大体6千万人くらいでわが国の1/2)です。日本は0.6%で約3兆円と欧州各国の約1/5~1/3の相当分しか過ぎません。欧州並みにすれば9~15兆円に上ります。わが国がいかに低水準になっているかが推し量れます。費用かけずに少子化対策は成功しません。いまの3倍として予算は9兆円になります。これで始めて欧州並みの少子化対策といえるでしょう。(*データは2001/ OECDの2004資料から)
もちろんコスト概念は必要です。しかし総合施設が幼稚園と保育園のどちらかの緩い基準でいいとする規制改革会議の発想は、明らかに子どもの利益を考えた視点からではなく、コスト意識からのみ発想されたものでしかありません。なぜ日本の未来を担う子どもたち、日本の21世紀を支える子どもたちを、安上がりで育てようとするのでしょうか。経済成長も確かに必要です。そのために女性の労働力率を上げることも大切です。仕事と育児を両立させることも政策課題になっています。それらの課題に取組むのも大切です。
しかし、そのために子どもたちの処遇が低くていいという考えではなく、それらの政策課題を実現するために、反対に、次代の担う世代を手厚く処遇していくことが、求められています。
「低コストの子育て」ではなく、現行の3倍ぐらいの財政措置をした政策を展開し、その中核施設(機能)として「総合施設」を位置づけ、子どもたちの処遇を中心にすえた、最善の利益を求める施設(機能)にすることによって、21世紀の子どもたちの保育・教育に明るい見通しができてくるでしょう。 「子どものいまが日本の未来」なのです。
平成17年9月30日
社団法人 全国私立保育園連盟
保育園と幼稚園の一元化の課題として、総合施設(仮称)という「保育・教育を一体として捉えた一貫した」第3の施設が設置できるように、政府は閣議決定しました。 これを受けて、社会保障審議会 (厚生労働省)と中央教育審議会(文部科学省)が合同で審議した結果をまとめ、平成17年度には、全国36カ園がモデル事業として実施しはじめています。これらの一連のながれの中で「子どもの最善の利益」のためにと両審議会の「審議のまとめ」で述べているにもかかわらず、子どもにとって多くの課題を抱えたままになっています。
そこで、私たち保育関係者から見た子どもの視点に立った「総合施設」のあり方について、よりよい子どもの施設ができることを願い、現在進められている総合施設モデル事業について意見を表明します。
幼稚園・保育園を一体として捉えた総合施設(仮称)を設置することにした閣議から、本格実施の予定までの準備期間があまりにも短すぎます。平成15年6月の閣議決定のあと、翌年5月から社保審、中教審が合同検討会を開始し16年末に「審議のまとめ」として公表しました。そして17年度モデル実施、18年度本格実施とされています。しかし17年度のモデルの36箇所のうち1箇所の辞退や、モデル事業開始の遅れなどが目立っています。特に2歳児以下の定数の課題や質の担保の問題、保育に欠ける認定の仕組み、調理室等の基準、保育料など、就学前の子どもたちの育ちにかかる、新たな施設・機能をつくっていこうという重大な課題が、あまりにも漠然としすぎていています。さらに、乳幼児の発達課題に即した条件や環境、あるいは、現代社会において子どもの育つ環境がいかにあるべきか等、子どもの育ちと教育との関係が十分に整理できていません。幼児教育と保育・子育て支援にしっかりとした橋をかようとするには、制度設計が不十分であると思えます。少なくともあと1~2年の時間をかけて、保育・教育内容のあり方等、最終的には法案の整備などさらに綿密な検討が必要であると考え、以下の点を中心に、さらに深く議論していただき、反映されることを望みます。
「就学前の教育・保育を一体として捉えた一貫した総合施設について(審議のまとめ)」(合同検討会のまとめH16.12.24。以下「審議のまとめ」という。) に述べているように、わが国の子どもたちをめぐる育ちの問題、とくに基本的な生活習慣や態度が身についていない、運動能力の低下、他者とのかかわりが苦手、子ども同士がともに育つ体験が困難になっている等、子育てを取り巻く環境の変化と家庭や地域での子育て力の低下が指摘されています。本年1月の中央教育審議会の答申では、家庭・地域社会・幼稚園等施設の三者による総合的な幼児教育の推進をうたい、その大切さを全国民に訴えるためとして答申を出しています。
人は人生を送る出発点である乳幼児期において、基本的な生活習慣や心情、意欲、態度など人間形成の基礎となる力が育まれ、生活や遊びを通して、知的な発達、情緒の安定をはかり、社会性を身につけていきます。
「審議のまとめ」においては、「社会全体で次代を担う子どもたちの育ちを支える次世代支援の観点から、子どもの視点にたち、子どもの最善の利益を第一に考えることが重要である」としています。新しい就学前の施設をつくるのであれば、現行の保育園と幼稚園がもっている機能のよさを統合し、子どもにとって不可欠な人的、物的環境を、さらに十分保障する21世紀の幼児教育・保育施設であってほしいものです。単に地方財政の効率化や待機児童の受け皿の拡大だけに機能するものではなく、最大限優先されるべきは、現在のわが国の子どもたちのおかれている多くの課題に対して、十分応えていく保育内容(質)と機能を備えていることが国民の願いでしょう。結果として財政の効率化や、待機児童の解消に役立つことにならなくもない、というのが「子どもの最善の利益」を視点においた制度設計であると考えます。
「審議のまとめ」において取り上げられているそれぞれの項目と、これらを具体化させるために文部科学省と厚生労働の共同で発出された「総合施設モデル事業について」(平成17年3月4日)、「総合施設モデル事業の採択について」(同4月6日)の通知(以下、「モデル事業」という)などを通して、来年度の実施に至る過程で、次のような点について改善されることを強く望みます。
利用対象者については「就学前の子どもの育ちを一貫して支える観点から0歳児から就学前までの子どもとその保護者と基本とする」としています。
しかし、具体的な利用者の年齢と時間については、3~5歳児は「・幼稚園と同様に4時間程度利用」と「・保育所同様8時間程度利用」とし、さらに0~2歳児は「・親子登園、親子交流参加」と「・保育所同様8時間程度利用」としています。これらのことから、とくに「4時間程度の共通の教育・保育時間」を引き出し、これについては、「幼稚園の教育に相当するもの」と位置づけています。資格についても、幼稚園教諭免許、保育士資格のいずれの資格でも可能と「審議のまとめ」ではしつつも、「モデル事業」では「3~5歳児の4時間については幼稚園教諭免許を有する者」とし、「0~2歳児の保育は保育士資格を有する者」としています。明らかにその方向にしていくことをうらづける結果になっています。
これらの表現は、既成の幼稚園制度、保育所制度をそのままヨコ滑りにさせ、つぎはぎしたものが総合施設ということになりかねません。議論の当初、総合施設の性格が、高い理念を謳い、在宅の子ども達をも含めた保育ケースワーカーの設置などの議論もあったようですが、全くそのかげを潜め、既存の幼稚園制度を強く意識した、第2の幼稚園制度のような仕組みになってしまっています。
総合施設の意義・理念に照らしていけば、0歳児から5歳児までの一貫した育ちを捉える視点と、子どもの生活時間を細切れにするのではなく、4時間から8時間あるいはそれ以上等、子どもにとっては多くの生活時間があり、それに見合った保育計画の設定が求められる仕組み等、さらに踏み込んだ中身としなくてはなりません。このままでは、一人ひとりの子どもの最善の利益には程遠く、これまで積み残してきた幼保の多くの課題を、そのままにする結果となっています。
前項でも触れたように「一貫した総合施設」と「審議のまとめ」の表題になっているにもかかわらず、生活部分での一貫性と年齢別の一貫性がありません。子どもの保育施設における生活は4時間なり6時間、8時間、あるいはそれ以上です。とすれば4時間を中心としたコアタイムとしていることについて、現状の問題をなんら解消しないままになっています。
現行の幼稚園制度を意識するあまり4時間を「教育」という表現にした場合、このことが重点となり、その時間帯が「知的教育」であり、そのほかは「託児」という、従来のおちこみやすい陥穽をそのまま繰り返すことになります。「保育に欠ける」子どもの4時間以上の時間帯については、幼稚園におけるいわゆる「預かり保育」(託児的機能)の形態でよいとしています。
しかし、それでは、子どもの生活が4時間とそれ以外に分断されてしまいます。対象の年齢についても、3~5歳の幼児期は、それ以前の2歳児以下の生活習慣や経験との連続性が大切であることについて、多くの学識者が指摘しています。親子登園であっても、保育に欠ける状態であっても、3歳以上の子どもにとっては2歳以下の育ちの連続性が大切です。その配慮がほとんど見当たりません。自我が芽生え2歳児ごろから始まるといわれている自律への葛藤が、いかに大切かについても、とくに配慮された気配がありません。
したがって、「審議のまとめ」の「意義・理念」の項で強調しているように、「人間形成の基礎を培う」幼児教育期の一貫した観点からは、ほど遠いものとなっている、と読みとることができます。
現代の子ども達をめぐる成長期の課題に応えていくための生活時間の連続性や、成長年齢の連続性という課題について、子ども全体を捉える視点に欠けているように伺えます。これらの課題に真正面から取組み、現行の幼稚園、保育園の課題を前進させる総合施設であってほしいものです。
子どもの生活や成長の連続性など、大切な課題が軽視される傾向は、民間開放・規制改革推進会議がいう「保育所は長時間の保育サービスを中心としており、幼稚園的な教育的にーズに応えることは必ずしも容易ではない」(H17.3.25同会議3か年計画・閣議決定)というところにも現れています。子どもの姿が見えていないところで議論を進めていく結果、子どもの生活を、無自覚に切り捨てた表現になってしまっており、結局「総合施設の基準は幼保の緩い基準でいい」というように結論づけることの背景になっているのでしょう。子どもの生活と学習について、依然として狭くて誤った認識に立って、国政を進めようとしることに、おおきな危惧を抱きます。
利用形態については「直接契約が望ましいと考えられる」としており、その弊害をなくすことについては「配慮が必要な家庭が排除されないような何らかの仕組みを検討する」としています。保育・教育の事業経営にとって、財政力による優勝劣敗の市場原理が強く働く直接契約が、どうして幼児保育・教育にとって望ましいのかの説明がなく、しかも直接契約が引き起こす現象面の弊害については、具体的に排除されないどのような仕組みで担保するのか、不明となっています。
「審議のまとめ」がいうように、総合施設に限って、直接契約という仕組みを導入するのであれば、当然、配慮が必要な家庭を優先することや、貧富の差によって処遇に格差の出ないような仕組み、規模の大小によって経営に差がでないような仕組みを、国および地方自治体の公的な責任によって保障することを明記するように求めます。少なくとも日本のどの地方にいても、すべての子どもたちが、同じような水準で保育・教育が享受できるような仕組みこそ、この少子化対策が必要な時期には、より一層望まれるところです。
「審議のまとめ」においては、「経営の効率性のみを重視するのではなく」としていますが、今回の「モデル事業」の通知の職員配置では、概ね0歳児3対1、1~2歳児6対1、又は0~2歳児を通じて3~6人対1としています。しかし、幼稚園の付加的保育サービス(通知文の表現による)の費用の算定では、60人の保育に欠ける子どもを受け入れた場合、2400万円(保護者負担除く:別紙参照)という費用では、乳児の保育や長時間の子どもたちは避けてしまわざるをえない仕組みになっています。乳児は親子登園可能な子どもだけを対象にしているよううかがえます。仮に、実施するのであれば極めて低水準の職員配置(臨時職員の雇用の全面活用など)となり、この点に関しても子どもの最善の利益が無視される結果になってしまいます。
このように、幼保一元にかかわるこれまでに議論のさまざまな課題を解消しないままになっている一番大きな理由は、幼稚園を学校教育法に位置づけた昭和22年当時の意識に遡らざるをえません。「幼児教育」を「学校教育」の範疇として位置づけたいとする、これまでの経緯から脱皮できずにいるためではないかと推測できます。本来、就学前の教育は、学校「教育」の教科教育でも、小学校の予備的教育でももちろんありません。「幼稚園教育要領」が、もともとは「保育要領」と呼称していたように、「保育」ということばと領域は、「学校教育」と一線を画した幼児年代の「固有の教育」であります。これを一般の学校教育と混同しないために、「保育」と呼称した歴史的な経緯があります。「学校教育」に拘泥することなく、本当に子どもにとって最善の利益を求めた一元化した就学前の保育・教育施設(機能)をつくろうとするのであれば、現状の子どもの課題から新たな仕組みと論理を組み立てるべきでしょう。
保育・子育てに対するわが国の財政措置は、先進諸外国に比べて極めて低水準であることは周知のことになっています。これを抜本的に大幅に拡大することが、とくに少子化を歯止めするためにも必要です。欧州各国ではGDPに占める子ども家族給付費はフランスが2.8%、イギリス2.2%、ドイツが1.9%(人口は大体6千万人くらいでわが国の1/2)です。日本は0.6%で約3兆円と欧州各国の約1/5~1/3の相当分しか過ぎません。欧州並みにすれば9~15兆円に上ります。わが国がいかに低水準になっているかが推し量れます。費用かけずに少子化対策は成功しません。いまの3倍として予算は9兆円になります。これで始めて欧州並みの少子化対策といえるでしょう。(*データは2001/ OECDの2004資料から)
もちろんコスト概念は必要です。しかし総合施設が幼稚園と保育園のどちらかの緩い基準でいいとする規制改革会議の発想は、明らかに子どもの利益を考えた視点からではなく、コスト意識からのみ発想されたものでしかありません。なぜ日本の未来を担う子どもたち、日本の21世紀を支える子どもたちを、安上がりで育てようとするのでしょうか。経済成長も確かに必要です。そのために女性の労働力率を上げることも大切です。仕事と育児を両立させることも政策課題になっています。それらの課題に取組むのも大切です。
しかし、そのために子どもたちの処遇が低くていいという考えではなく、それらの政策課題を実現するために、反対に、次代の担う世代を手厚く処遇していくことが、求められています。
「低コストの子育て」ではなく、現行の3倍ぐらいの財政措置をした政策を展開し、その中核施設(機能)として「総合施設」を位置づけ、子どもたちの処遇を中心にすえた、最善の利益を求める施設(機能)にすることによって、21世紀の子どもたちの保育・教育に明るい見通しができてくるでしょう。
「子どものいまが日本の未来」なのです。